ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブ

ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブ(New South Wales Golf Club)はラ・ペルーズ(La Perouse)の険しい断崖に位置し、そこからは1770年、エンデバー号(SS Endeavour)に乗ったジェームス・クック船長(Captain James Cook)が初めてオーストラリアへ入港した湾であるボタニー・ベイ(Botany Bay)を見渡すことができます。そして、この歴史的に重大な出来事は、ゴルファーにとって、後にこの地に歴史的に重要な変化をもたらす、もう1人の勇敢なイギリス人開拓者の上陸でもあったことを意味しています。

クラブについて

1926年、オーストラリアにおける目まぐるしい滞在期間の最中、伝説的な設計家、アリスター・マッケンジー博士(Dr Alister MacKenzie)はラ・ペルーズを訪問し、この土地が、素晴らしいゴルフコースを建設するにあたり非常に高い適正を持っていることに感激しました。周囲の環境に大きく心を動かされた博士は、「ニューサウスウェールズ州の壮観な景色は、世界中のどのゴルフコースの持つそれよりも素晴らしい。例外があるとすれば、それはサイプレス・ポイント(Cypress Point)だけだ。」と断言しています。今日、ゴルファー達はこの神聖な場所へ「巡礼」し、自然が創造し、太平洋に囲まれ、関わった人々全ての弛みない努力によって作り上げられたこのコースに挑み続けています。

ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブには、波打つフェアウェイ、美しい景観、そして伝統的な建築様式と最高水準の快適さを美しく兼ね備えるクラブハウスがあり、それら全てが最高の形で融合しています。1928年クラブのオープニングの直後、ゴルフ専門誌「ゴルフ・イン・オーストラリア(Golf in Australia)」では、ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブは「完成の極地に向かっており、必要なものは進化する時間だけである」と評されました。そして実際に、クラブは時の経過とともに、確実に進化を遂げてきました。「完成の極地」に到達したと断言できるゴルフクラブは、存在しないかもしれません。しかしニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブは、オーストラリアでその極地に最も迫るゴルフクラブです。

ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブのコースには、歴史が染み込んでいます。キャプテン・クックと乗組員が、飲用できる自然の湧き水を初めて発見したのが、現在18番ホールのティーグラウンドのある場所のすぐ下であったことは、歴史的に有名な事実です。

簡潔に述べるのであれば、ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブは、ただのゴルフコースではありません。ここは、記憶にいつまでも残る、大自然を体験する場所なのです。ここでプレーするということは、ゴルフというゲームがどのようにプレーするよう意図して創られたのか、その方向に則ってプレーすることなのです。そしてそれは、ゴルファーがそれぞれのスキルを駆使し、母なる大自然の曇りのない恩愛の中でプレーすることなのです。

デザインの特徴

まるでプレーヤーを鼓舞するようなレイアウトは、3方面を水に囲まれ、真のリンクス・ゴルフとしての特徴を数多く備え持っています。大自然の中に堂々とその身をさらすコースは、全体を通して途方もなく美しい景観に包まれており、そこには海岸線へと続く丘・渓谷を越え、数々の素晴らしいホールが広がっています。フェアウェイは起伏し、グリーンは小さいため、特に海風の吹く際は、アプローチショットに相当な技術が求められます。このコースにおいて風は圧倒的な影響力を持っており、吹く方向によっては比較的易しい、あるいは究極に難しいコースにもなり得ます。ゴルフの起源となった独特な海岸風景がこのコースに似ているということが、残された記録からも分かっています。

ニューサウスウェールズ・ゴルフ・クラブの成功は、マッケンジー博士の才能も然ることながら、博士の跡を継ぎ、建設計画を完成させたエリック・アパーリー(Eric Apperly )の仕事が傑出していたことにも大きく起因しています。コースのルーティングや美しい環境が、クラブをより特別な存在にしています。70年以上にわたる改修・発展にもかかわらず、マッケンジー博士によるオリジナルの、あるいは博士によって提案された当初のテーマに沿って進化した姿が、12のホールと、その輝く一瞬一瞬に今でも残されています。それらの改修の中でも最も顕著なものは、シドニーのショートホールでは最高の組み合わせと評される、アパーリーによる4つのパー3ホールと、マッケンジー博士の7番と8番を組み合わせた、8番パー5ホールです。

マッケンジー博士がルーティングを作成する一方で、バンカーは、その後何年にもわたってレイアウトに多くの変更を加えることとなる、アパーリーが担当しました。最も目立った改修工事として挙げられるのは、1930年代に行われた世界的に有名な6番ホールの建設、そして第二次世界大戦中に陸軍が土地を開拓した後に行われた、5番ホールのティーグラウンドの移動です。これら2ホールは、それぞれが国内最高のホールのひとつであり、合わせれば世界のゴルフ界において、最も荘厳な共演となっています。

コースのハイライト

6番ホール パー3 185メートル

パー3の6番ホールは、5番ホールのグリーンの裏、海上に露出した岩上のティーグラウンドから始まり、海を越え、傾斜する小さなグリーンのある本土へと戻る、一度プレーしたら忘れられないホールです。興味深いことに、このホールは元々マッケンジー博士の計画には含まれていませんでした。恐らくは博士が最初に現場を見た際に、この土地が利用不可能であったため見落とされたのではないかとも言われています。しかし、世界で最も有名な、海を飛ぶパー3を誇るサイプレス・ポイントでの作業を終えるために博士がオーストラリアを発ったことを考えると、スリルを求めていた博士が、これほど明らかな絶景を利用できるチャンスを見落としたという説には疑問が残ります。

プレーにおいては、グリーン左側の斜面、そして両側のバンカーを避けることが重要なポイントです。

「今までに見た中で最高のゴルフコースのひとつだ。本当に楽しいコースだ。」アーノルド・パーマー(Arnold Palmer)